2012.07.10 Tuesday 17:11

民主党という実験の終結

  小沢一郎氏が離党したことは、二〇年がかりの政治改革、政党再編の試みが挫折したことを意味する。ちょうど二〇年前の夏、自民党の金丸信副総裁(当時)が政治資金問題で副総裁を辞任し、それに連動して竹下派の内紛が始まったところから、日本の政党政治を刷新する模索が始まった。

そして、その中心にはいつも小沢という政治家がいた。皮肉なことというべきか、小沢が負けることによって日本政治は次の段階に進むという繰り返しであった。竹下派の抗争、細川連立政権の崩壊、新進党の瓦解、小沢の仕掛けはことごとく失敗してきた。その挙句に、民主党に合流した。

二〇〇六年のいわゆる偽メール事件で民主党が危機に陥ったことで、小沢の出番が回ってきた。小沢が代表に就任した前後から、私は彼とたびたび議論し、政権交代への道筋について意気投合した。小沢代表が率いる民主党が自民党政権を倒すしかない、と確信した時期があった。小沢は小泉自民党が構造改革路線によって日本社会を分断したことに危機感を持ち、「生活第一」路線で民主党の政策軸を立て直した。民主党に生活保障を軸とする社会民主主義路線を提唱してきた私は、自民党田中派の嫡子である小沢に最大の理解者を見出した思いであった。

小沢がいなかったら、政権交代はあり得なかった。しかし、小沢がいたから民主党は分裂した。この矛盾が民主党の限界である。

小沢が掲げた生活第一も権力闘争の方便でしかなかったところに、民主党の最大の失敗があった。民主党分裂の引き金は消費増税とマニフェスト遵守の矛盾である。そもそも生活第一が理念の次元で共有されていれば、税制など所詮は手段であり、いくらでも妥協できる話である。野田佳彦首相は増税という手段を絶対視し、小沢はマニフェストの形式的遵守に自分の存在意義を求めた。理念不在はどちらも同罪である。

民主党は小選挙区が作った寄木細工であり、これに理念を求めるのは木によって魚を求めるたぐいの話であることは、百も承知である。それにしても、貪欲放埓の資本主義経済の末路を見て政治が何をなすべきかを考えれば、生活第一を理念として民主党が共有することはできると私は信じてきた。しかし、その夢も破れてしまった。

野田首相の下で民主党という器が存続しても、それはもはや自民党の複製でしかない。その意味でも、民主党という実験は終わる。我々は、様々な試行錯誤を経て、政党には望ましい社会に関する理念の共有が必要であるという当たり前の真理を、また小選挙区が自動的に二大政党制を作るわけではないという帰結を知らされたのである。

政権交代の夢を追った民主党の政治家がなすべきことは単純である。自分たちが何をしたかったのかを思い出し、これからどのような選択肢を提示できるかを考えることである。小沢を切ったことで妙な勝利感に浸っている指導部に対して論戦を挑んでほしい。

共同通信配信 琉球新報など7月3日

2011.04.04 Monday 00:01

震災対応と政治主導のあるべき姿

 

 

 政権交代以来政治主導を追求してきた民主党政権の下で大震災が勃発し、まさに政治家のリーダーシップの真価が問われる場面となった。大震災には、地震や津波による被災者の支援、復興という在来型の問題と、原子力発電所の大規模な破壊というまったく異なる二つの問題が含まれており、政府首脳の苦悩は計り知れない。外野からの注文は無責任かもしれないが、政治家の発揮すべき指導力について考えてみたい。

 被災者支援という課題は、規模が桁外れに大きいものの、性格は阪神大震災などの過去の事例と同じで、今までの経験が役立つ。支援のための特別対策本部を設置し、仙谷由人官房副長官が全体を統括するという体制でこれから動いていくことが期待される。ただし、民主党が今まで掲げてきた政治主導については、実務に即して修正することが必要である。

たとえば、事務次官会議の廃止は政治主導の象徴であった。しかし、政府の資源をフルに動員して救援に向ける時、各省組織を掌握している役人側のトップと密接に協力することは不可欠である。この場合、政治主導の最大のテーマは、現場が必要としている資金と権限を惜しみなく与えるという決断をすることである。それによって使命感を付与された行政官は、現場で奮闘すればよい。それこそがあるべき政官関係である。

原発事故は日本の政治にとって初めて直面する難問である。事故発生以来の記者会見等を見れば、東京電力は無責任だし、今まで原発を推進してきた経産省や原子力工学の学者も同じ穴の狢だということは、素人にも伝わってくる。この事故は、それらの専門家が業界の利益を追求した結果起こった惨事である。しかし、対処法を考えるために不可欠な情報や分析について、同じ専門家に頼らざるを得ない点に、問題の困難さがある。専門家を信用できない首相は、補佐官をあてがって専門家を追求したり、参与を発令し別の情報源を作ろうとしたりする。その気持ちは分かる。しかし、情報集約や指揮命令の系統が明確化できていなければ、そうした措置は現場で混乱を起こすだけである。

いま何が必要かという観点から仕組みを再検討すべきである。今何よりも必要なのは現状に関する正しい情報である。次に、追求すべき最善シナリオから、起こりうる最悪シナリオを書き、それぞれに応じた行動計画を立案、準備しておくことである。

真相の把握と責任追及が切断されていないなら、担当者は情報を隠蔽したり、希望的観測で当面世の中を欺こうとしたりする。それは組織の宿命である。政府首脳が記者会見で東電を批判すれば、本当の情報はますます内にこもる。まず、現場を担当している人々を萎縮させず、正直に情報を上げることを政府もメディアも評価するという環境を作らなければならない。

次に重要なことは、政治指導者と専門家の協力関係を再構築することである。専門家の傲慢や無責任に対する反発から政治が専門家を糾弾しても、問題は解決しない。今求められるのは、専門性の否定ではなく、カウンター専門家の登用である。業界利益を追求した学者は「想定外」と言い訳したが、今回のような事故の可能性を指摘していた専門家もいる。カウンター専門家とは後者のことである。虚心坦懐にあらゆるシナリオを書くには、とらわれのないカウンター専門家が必要である。官僚組織の中にも、従来の政策に疑念や反省を持っている専門家は存在する。対抗的知性を動員して、既存組織のよい面を助長して対策を立てることが急務だ。

マキャベリは『君主論』の中で、誰を助言者にするかで君主の力量が分かると述べている。現代の政治指導者も個別政策についてはアマチュアである。優れた指導者は危機に際して、どのような専門家の意見を聞くかを判断しなければならない。

共同通信配信
神戸新聞4月1日など


2010.06.24 Thursday 00:43

裏切られた革命?  鳩山政権の蹉跌をいかに乗り越えるか

 世論調査のたびに鳩山内閣の支持率は低下を続け、五月末には政権危機までがささやかれる有様である。長年、民主党を軸とする政権交代の必要性を説いてきた者にとって、この政権の「敗因」を論じることは辛い作業である。しかし、鳩山政権が何を達成し、どのような限界にぶつかったのかを明らかにしなければ、日本の政党政治は前進しない。

 この政権が麻痺状態に陥った最大の理由は、民主党が政権交代を自己目的としたこと、あるいは実体的な政策転換についての十分な展望を持っていなかったことに尽きる。半世紀以上も続いた自民党政権を倒すことがそれ自体目的となったことは仕方ない。しかし、それは政界関係者にとっての話である。政権交代がよりよい社会を作り出すことにつながらなければ、それは民主党にとっての自己満足で終わる。

 もちろん、民主党もマニフェストを作り、自民党政権が進めた政策を大きく転換することを訴えていた。だが、それは明確な理念に基づく体系というよりも、スーパーの開店記念セールのチラシのように、様々な項目が羅列されていたに過ぎない。地球温暖化防止と揮発油税減税や高速道路無料化など、相矛盾する項目も並存している。目指すべき政策に関する確信が内閣と与党の指導部に共有されていなかったことが、後に混乱を作り出すこととなった。

 ここで改めて、政権交代の歴史的意義と、民主党が目指すべき政策の方向を整理しておきたい。ここでの整理は、私自身の考えであるが、民主党の政策にも表現されていることである。私は、民主党政権の樹立を戦後日本政治の第三の段階として位置づけている。第1の段階は、かつての自民党と官僚の連合体による再分配政治であった。日本の場合、制度的再分配、つまり社会保障は貧弱で、官僚のさじ加減と政治の圧力で左右される公共事業補助金、護送船団方式による業界保護が政治の焦点となった。これらの裁量的政策により競争力の弱いセクターで雇用が確保され、結果として貧困、失業等のリスクから個人や地域社会が守られた。

 しかし、第一段階の裁量的政策によるリスクの社会化は、無駄、腐敗、既得権を生みやすい。その弊害が顕著になった二〇〇〇年代から、第二段階としての新自由主義改革が現れた。これは、規制緩和、社会保障や地方交付税の支出を削減することにより、リスクを個人や自治体に転嫁する政策であった。改革の当事者は、公正な市場を目指したのかもしれないが、事業仕分けのときに明らかになったように、裁量的政策による既得権は残された。その意味で、第二段階は図の第三象限に位置する。族議員と官僚の横暴に辟易した国民は当初この改革を歓迎したが、二〇〇〇年代の後半になって貧困、不平等の拡大という結果を認識するに至った。

 民主党の目指す政策は、第三段階としての制度的な再分配の強化だったはずである。子ども手当てや高校無償化もその一環である。国民に対して公平に政策的恩恵を配分し、生活不安を解消するとともに、内需主導の経済を作り出すことが、「生活第一」路線の中身である。かつての自民党政治におけるバラマキは、政治過程のインサイダーに対する裁量的な恩恵給付であったのに対して、民主党の政策は公明正大な再分配である。バラマキという批判に対してはそのように反論すればよいだけの話だが、指導部が明確な理念を共有していないために政策の骨格の議論においてぶれが目立った。

 また民主党が本来目指すべき理念は、三つのポストによって表現される。第一は、ポスト冷戦である。その中身は、アメリカの一極主義的な軍事行動への追随を見直し、アジアにおいて平和を作り出すという方向性である。鳩山政権は、核軍縮への積極的な姿勢、東アジア共同体構想、普天間基地の海外移転など、この方向のアジェンダを打ち出した。

 第二は、ポスト物質主義である。その中身は、成長の限界を踏まえ、持続可能性を鍵に経済のパラダイムを組み換えることである。鳩山首相は温室効果ガスの25%削減を打ち出し、この方向に踏み出すことを公約した。

 第三は、ポスト権威主義である。その中身は、市民の能動性を強化し、開放的な多文化社会を作ることである。民主党は、かねてより夫婦別姓や市民活動の支援などを唱えてきた。

 これらの理念に関して、当初は民主党も的確な方向感覚を示した。同時に、これらのビジョンは旧時代との訣別を打ち出すものであり、冷戦時代や権威主義を懐かしむ側からは強い反対を受ける。そこでこそ、政府与党の指導者の確信の度合いが問われることとなる。残念ながらこの点でも、民主党の信念は不十分であり、反対に遭うとぶれが目立つこととなった。また、大局的な理念を具体的な政策につなぐ知恵や戦略にも欠けていた。

 政権を失速させた大きな要因としては、政治と金をめぐる疑惑もある。資金疑惑そのものより、疑惑解明の姿勢や方法に関して民主党らしさが発揮されなかった点に、不信の原因があると私は考えている。民主党が野党時代に言ったことを今の野党が要求してくれば、それは受けるしかない。疑惑に蓋をして逃げ回る姿勢も、民主党の言う政治の刷新が口先だけでしかないという失望を広めた。

 では、これからいかにして政権の立て直しが可能なのであろうか。最大の前提は、仮に普天間基地移設問題が五月中に決着しなくても、鳩山首相が政権を投げ出さないことである。国民が選んだ政権が一年も持たずに瓦解すれば、政党政治に対する国民の期待も雲散霧消する。自民党政権末期と同じ混乱を繰り返してはならない。

 その上で、民主党は八カ月の政権運営を虚心に点検し、人事、政権運営、政策の各面で、どのような点で見通しを誤ったのかを自ら明らかにする必要がある。大きな期待を背負って就任した閣僚の中にも、無能さをさらけ出し、霞ヶ関で呆れられている政治家もいる。政権運営に関して政治主導の名の下に、政策調査会を廃止し、内閣と政務三役で政策を決定すると意気込んだものの、重要問題で内閣がまとまらず、幹事長の裁定を仰ぐ結果となった。しかも、幹事長室が陳情を取り次ぐことを通して、公共事業費の裁量的配分という旧体制に回帰した印象さえ与えた。政策面では、野党時代に作ったマニフェストをすべて実現することなど不可能であるにもかかわらず、その実現のプログラムについて筋道だった議論がない。

 初めて政権を取ったのだから、試行錯誤があるのは当然である。問題は、錯誤を自ら認識し、それを修正する能力があるかどうかである。民主党の指導部が参議院選挙後の再編に関心を向けているとすれば、それは政治家の身勝手であり、国民に対する背信である。民主党は衆議院の圧倒的多数を基盤に、政策転換を実現する義務を負っている。

政権交代の経験を無駄にしないために、民主党は次のような課題を自ら解決しなければならない。第一に、この政権は何をするために生まれたのか、民主党はこれから何をしたいのか、理念を共有することが何よりも肝心である。そして、政権獲得後の現実も踏まえて中期的なビジョンを打ち出すべきである。

 第二に、政策調査会を復活させて、与党の政治家の総力を結集する体制を構築する必要がある。税制や社会保障の改革など、基盤的な政策転換を進めるためには、与党の力を結集し、議論を蓄積した上で国民に提起する必要がある。

 ここで述べた課題を実現するのは、政府与党のリーダーの役割である。指導部が選挙至上主義に陥れば、かえって有権者は民主党から離れていく。政権の危機を迎えた今、政権交代と政策転換という原点に立ち戻り、自己修正を図ることこそ、唯一の活路である。(日本経済新聞6月23日)


2010.06.21 Monday 00:45

連立政権の崩壊と社民党の責任

 普天間基地移設をめぐる紛糾の末、社民党は連立を離脱し、鳩山政権は崩壊した。事態の展開はあまりにも急であったが、政治における責任の取り方について、重要な教訓を含んでいる。

 まず社民党の動き方について考えてみたい。福島みずほ大臣があえて罷免の道を選んだ時、私は一九九四年の政治改革国会で、当時の参議院社会党左派が造反して選挙制度改革法案を否決した時を思い出した。またやったかというのが最初の印象であった。あの時の造反は最初の非自民連立政権である細川政権の死期を早めた。そして、社会党にとってより不利な選挙制度の成立に道を開いた。今回も、鳩山政権がさらに弱体化するだろうと予想した。そして、今でも沖縄に犠牲を押し付ける現在の体制がより長く続くことになるだろうと予想している。

 福島氏が、連立離脱というカードを切ることによって小鳩体制を崩壊に追い込むという野望のもとに罷免の道をひた走ったのであれば、彼女は社民党党首にしておくにはもったいないくらいの政治家である。しかし、実際は三振するつもりでバットを振ったらボールが当たってしまい、長打になったということであろう。

 社民党の身の処し方について、主義主張に殉じた潔いものだという好意的評価もあるかもしれない。しかし、主義主張を純粋に貫くことは、政治家にとって美徳であるとは限らない。

 政治家の最大の使命は、結果を出すことである。普天間基地の県外移設という大目標に照らすならば、社民党が節操を貫くかどうかなど、どうでもよい問題である。野党の立場から日米合意を撤回せよと叫んでも、屁の突っ張りにもならないことくらい、与野党を両方経験した福島氏自身が知っているはずである。

 鳩山政権が泥縄式にまとめた日米合意なるものによって普天間基地移設問題が決着したと考えるのは、大間違いである。鳩山氏が県外移設を主張したことにより、沖縄における反基地感情のマグマは吹き出した。この変化は不可逆なものである。地域振興予算と引き換えに基地を受け入れさせるという常套手段については、地元経済界も沖縄県庁も拒絶する姿勢を示している。辺野古沖への基地建設には海の埋め立てが不可欠であるが、許可権限を持つ沖縄県知事がそんなことを許すはずはない。問題の決着までにはこれからいくつもの山を越さなければならないのである。その時、社民党が政権にいるのといないのでは、同党の影響力には雲泥の差がある。

 政治的判断の下し方は、そう複雑な話ではない。自分がある決断を下す時、誰がそれを最も喜ぶか、誰に最も不利益が及ぶかを考えればよい。社民党の政権離脱を最も喜ぶのは、民主党内のタカ派である。それによって最も損害を被るのは、社民党が代表すると称してきた弱者や沖縄の人々である。

 政治家は権力を使うことによって良い政策を実現し、国民から評価を得ようとする。しかし、その場合の称賛は、権力を行使することに伴う批判や攻撃と表裏一体である。称賛だけをいいとこ取りしようとする点に、日本の左派の甘さがある。今回の社民党の行動はその典型例であった。現実主義をわきまえ、責任感を持った左派こそ、日本の政治に必要である。(毎日新聞6月10日夕刊)


2010.05.03 Monday 00:25

「この人・この3冊」 山口二郎・選 辻井喬

 辻井喬という人は、当代日本で最も多くの顔を持つ文化人である。彼が自分自身を語ることが、そのまま戦後日本の政治、資本主義経済のある側面を鋭く照射することになる。それは彼自身がまさに波乱に富んだ経験をしたことに由来するが、それにもまして自らの経験を対象化し、言語化する能力を持っているからである。多少能力があれば散文による表現はできるが、詩を書くには並はずれた言語能力が必要だろうと、散文しか書けない私などはあこがれる。

 自己を語ることが、決して単なる自己陶酔にならず、かといって必要以上の自己否定にもならないというのは、不思議なことである。それだけ自己を見つめることが深かったということなのだろう。そうした苦悩は、自身および家族をモデルにした小説で描かれている。だが、私にとってはフィクションよりも、回顧録の方が率直で、面白い。これは戦後史に関する一級の史料である。学生時代に共産党に入って政治闘争に加わったがゆえに、権力の本質的部分にぶつかり、経済人となってからは敢えて政界から距離を置き、政治家を冷静に観察することができた。

 自伝詩の中では、自らを多重人格、スパイ、越境者と表現している。様々な分野をまたにかけて活躍した人物の実感だろう。ただし、辻井の場合いろいろな顔を持っているだけでなく、様々な顔の裏には自分を突き放す厳しさが一貫している。そして、その厳しさは中野重治の感化によるのではないかと私は想像している。中野との交際は回顧録の中でも触れている。辻井の詩には、中野の詩の生真面目さ、堅さが継承されているように思える。

 もう一つ、辻井の資本主義の批評家という側面を逃すことはできない。それを最もよく示すのが上野との対談である。高度成長、消費社会の到来、そしてバブルの崩壊と方向喪失という戦後日本経済の展開を、小売業という消費者の最も近くで観察、実感したが故の深い洞察がある。共産主義からは離れたものの、対抗原理があるからこそ資本主義は生きながらえてきたという緊張感を失わない。一九八九年の壁の崩壊についても、素直に喜べない自分への当惑を自伝詩の中で表現している。

 辻井は、自己内の、家族内の、そして組織やイデオロギーの間の様々な葛藤を生き、そこから文学と思想を作り出した。葛藤が消滅した時代にこそ、もう一度読む意味がある。(毎日新聞「この人・この3冊」2010年5月2日朝刊)


2010.01.20 Wednesday 00:48

小沢は何と戦うべきか

 石川知裕代議士が逮捕された翌日、鳩山由紀夫首相が小沢一郎幹事長に「戦ってください」と述べた。もし、小沢に何のやましいこともないならば、民主政治を守るために戦うことこそ必要である。しかし、この戦いの意味づけを誤れば、最初から勝ち目のない戦いに突入し、玉砕するという悲惨な結末が見えている。小沢が転べば民主党政権が倒れ、民主党政権が瓦解すれば日本の民主政治が再び混迷に陥る。小沢および民主党の首脳には、十分な戦略を練った上で戦いに臨んでほしい。

 小沢が検察と裁判闘争を戦うと考えているとすれば、それは最悪の錯誤である。仮に最終的に無罪を勝ち取ることができるとしても、それまでの長い戦いの中で民心は民主党を離れ、政党政治はあてどのない漂流をつづけるに違いない。それは、政権交代に希望を託した国民にとって、迷惑千万な話である。

 今回の戦いは、あくまで政治闘争である。裁判闘争では、挙証責任は検察が負う。検察が犯罪事実を証明できない限り、小沢側は潔白である。しかし、政治闘争とは、リングに上がって相手と殴り合う戦いではなく、国民環視のもとでどちらが説得力、訴求力のあるパフォーマンスをするかという戦いである。したがって、政治闘争ではむしろ小沢が挙証責任を負うことを覚悟すべきである。

 その点は、小沢と民主党が今まで何と戦ってきたのかという点とも重なり合う。民主党は、政治家が公共事業の上前をはねる、疑惑があっても多数党の力で国会における真相解明に蓋をするなどといった古い政治の手法や体質を破壊するために、今まで戦ってきたのではないか。その努力が昨年夏、ようやく実を結んだばかりである。

政治変革の大業が緒に就いたばかりなのに、検察が横槍を入れたという小沢の憤りは、小沢の指導力に政権交代の希望を託した私には、よく分かる。しかし、小沢は今回の戦いを裁判闘争に矮小化してはならない。国民生活や景気対策を盾に野党の追及を封じるというのは、民主党が否定してきたはずの古臭い手法である。小沢および民主党が政治変革を実践したいならば、自ら進んで国会や公開の場に出て、あらゆる質問に対して自らの言葉で答えることで、検察に対して先手を取るべきである。そうした捨て身の戦いをしなければ、今回の危機を乗り越えることはできない。小沢個人にそうした決断ができないならば、民主党という政党の政治的能力が問われることとなる。

 繰り返す。政権交代が烏有に帰すならば、国民は民主政治に絶望するしかない。日本の政党政治が瀬戸際にあることを、小沢および民主党の指導部に銘記してもらいたい。(1月19日朝日新聞)


2010.01.19 Tuesday 00:53

小沢の危機と民主政治の危機

 一九九〇年代の政治改革も、昨年の政権交代も、小沢一郎氏なしにはあり得なかった。この数年、民主党のみならず、日本政治全体が小沢氏を軸に展開してきた。だからこそ、資金疑惑をめぐる小沢氏の政治生命の危機は、民主党の危機であり、更に言えば日本の民主政治の危機なのである。その意味で、政治の危機は三段重ねになっている。昨年夏、国民は自民党政治を拒絶し、すがる思いで民主党に政権を託した。その民主党が小沢の資金スキャンダルから自壊するならば、国民は政党政治そのものに絶望するしかない。

 もし小沢氏が、公共事業の受注に便宜を図った見返りに建設会社から裏金をもらっていたならば、政治生命は終わりである。本人がそのようなやましいことをした覚えがないというなら、闘いあるのみである。佐藤優氏が使い始めた「国策捜査」という言葉がメディアに定着して久しい。国策なるものの実体が存在するかどうかは別として、検察の主張を額面どおり受け止めたくないという気分も、世の中にはある程度存在する。小沢氏が政治生命をかけて闘うと言うならば、今はそれを見守りたいと私は思う。

 ただし、その場合の闘いとは何を意味するか、よく考える必要がある。事ここに及んでは、闘いは司法問題ではなく、小沢と検察の間の政治的闘争である。これが単なる刑事事件ならば、どんなに疑惑が取りざたされても、検察が犯罪を立証できない限り潔白だという小沢氏の主張はまことに正当なものである。しかし、政治的な闘いにおいてそんな悠長なことを言っていれば、負けである。

言い換えれば、この政治闘争は、国民が小沢氏と検察のどちらを信用するかという闘いである。この闘いに勝つのは、国民の信頼を勝ち取った側である。検察との戦いに勝利するためには、小沢氏は土地購入に関する資金の流れにやましい点はないことを積極的に立証しなければならない。受身に回っては、政治的闘いには勝てない。

政権交代を実現してから、わずか4ヶ月しかたっていない。通常国会で予算や法案を成立させ、本格的な成果を挙げるはずだったが、石川知裕衆議院議員逮捕で、鳩山政権も、民主党も最大の苦境に陥った。小沢氏にとっては、政治刷新の大業を本格化させようという矢先に、検察が横槍を入れたということであろう。党代表を務めていたときに、小沢に政権交代の夢を託していた私にも、その憤怒はよく分る。しかし、小沢にとっては理不尽だろうが、小沢のその思いは小沢自身が国民に具体的に伝えなければ、理解されない。

事態がずるずると泥沼化し、民主党及び鳩山政権に対する国民の期待が幻滅、絶望に転化するならば、その後にやってくる政治的な混沌がどれほど悲惨なものか、私には想像もつかない。政党政治の中の民主党にも、民主党の中の小沢氏にも、事態収拾のバトンを託す次の走者はいないのである。

 小沢氏個人の政治生命だけが問われているのではない。政権交代を実現した民主党が、これから日本の民主政治を前進させることができるかどうか、更には日本の政党政治の命運が小沢の行動にかかっているのである。今の小沢氏がなすべきことはただ1つである。自ら公開の場に出て、矢面に立ち、あらゆる質問に答えることである。(1月18日共同通信、地方紙)


<<new | 2 / 10pages | old>>
 
RECOMMEND
CALENDAR
NEW ENTRY
ARCHIVES
CATEGORY
COMMENT
PROFILE
MOBILE
LINK
SEARCH
OTHER

(C) 2019 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.