2005.05.11 Wednesday 02:05

イギリス総選挙の意味 上

 トニー・ブレアは、選挙に勝利した史上最も不人気な首相として記憶されるであろう。労働党は党史上初の総選挙三連勝という偉業を達成したものの、得票率、議席数ともに圧勝した前二回の選挙とは程遠く、勝利感はまったくないであろう(議席数で約四〇減、得票率で約四ポイント減)。選挙戦では政策論争よりもネガティブキャンペーンが目立った。私は一九九七年にもイギリスに留学し、ブレア政権の輝かしい出発を目の当たりにしただけに、ブレアの苦境に政治の無常を感じる。しかし、私には、グローバル化時代の福祉や平等という政策課題についても、ポピュリズムを乗り越えるという政治手法の面でも、今回の選挙は、二一世紀の民主政治を考える上で教訓に富んだものだったように思える。

 労働党の苦戦の原因は、イラク戦争に尽きるといってよい。あの戦争から二年経った今でも、イギリスでは戦争の正当性、合法性をめぐる論争が続いていた。とりわけ労働党支持者の中には、ブレアはブッシュの不法な戦争に荷担したという批判が渦巻いてきた。そして、投票日の一週間前に、これまで政府が一貫して公開を拒んできた機密文書??司法長官が戦争の合法性について疑義を呈したもの??が暴露され、イラク戦争は選挙の大きな争点に再浮上した。

 この文書の公開を契機に、ブレアは議会と国民を欺いて、不法な戦争にイギリスを参加させたという怒りが国民の間で沸騰した。イラク問題に限らず、ブレア政権は、少数の取り巻きによる政策決定、野党のみならず与党の一般議員の声を無視した傲慢な政権運営というイメージで捉えられていた。指導者としての政治責任を果たさないブレアを痛い目にあわせようというムードが選挙戦の終盤で広がった。

 しかし、ともかく安定多数を確保できたことは、国民が指導者は誰であれ、労働党政権の継続を望んでいることの表現である。実際、この八年間の政権の下で、経済は安定した成長を続け、雇用や所得も上昇してきた。また、保守党政権時代に削減された医療や教育などの公共サービスに対しても財政資金の投入が進み、改善が実現している。このように、政策面での実績に関しては、国民は労働党に及第点を与えたのである。三十年前の、インフレや財政赤字という労働党政権のイメージは払拭され、労働党は政策能力に関する信頼性を獲得したということができる。

 そのことの裏側として、ポスト新自由主義時代の保守政治の混迷も今回の選挙で明らかになった。イギリスでは一九八〇年代から九〇年代前半にかけて、サッチャー政権が小さな政府に向けて、民営化、規制緩和などの政策転換を進めた。しかし、政府は小さければ小さいほどよいというわけではないことをイギリス国民は理解している。保守党の内部にはいまだに小さな政府を信奉する急進派と、公共サービスを重視する現実派が混在し、政府の公共的役割に関して明確なビジョンを示せなかった。そのため、党内をまとめる争点として、移民や難民の規制、治安の悪化、院内感染の増加(医療政策の失敗)などを唱えて政府を攻撃した。オーストラリアやアメリカでは、このような身体的恐怖感をあおるキャンペーンは成功し、保守政権誕生の最大の原因となった。

 しかし、イギリスではこの手法は成功せず、得票率は一・五ポイント増にとどまった。イギリスは現に多くの民族からなる多民族国家であることを、保守党は読み誤った。また、多くのメディアもこのような扇情的で非人道的な政策を批判した。結局、保守党は経済社会の運営という大きなビジョンを示せないまま、周辺的な問題について政府の上げ足を取るというイメージを自らに貼り付けたのである。

 民主政治の成熟度について単純な印象批評は避けるべきであろう。しかし、恐怖の政治が不発に終わったことは、今回の総選挙の最大の特徴だと私は考える。また、イラク戦争の開戦に至る経緯を検証し、首相の政治的責任を追及する議論をメディアが継続していることにも、感服する。民主政治の土台の堅固さに思いをいたすばかりである。(北海道新聞5月9日夕刊)

2004.05.13 Thursday 10:38

04年5月:イラク人質事件で問われる国民の責任

 イラクでの人質事件は、個人と国家の関係について「主権在民」を定めた憲法を作って六〇年近くたった今でも、国民の中に合意が存在しないことを改めて浮き彫りにした。憲法改正論議が高まっている今、これからの憲法や民主主義のあり方を考える上で、両者の関係は根本的な問題である。
 いわゆる「自己責任論」を唱えて人質やその家族を非難した人々の言い分はこのようなものであった。人質とされた人々は政府の警告を無視してイラクに入り、事件に遭遇した。それによりお上の手を煩わせた不届きな連中だ。しかし、この考えは国民主権の国における個人と国家の関係に関する見方と相容れない。国民主権の国においては、国民は自らの安全を確保し、利益を増進するために、自分たちの持っている権力を政府に預ける。政治家や役人は預かった権力を用いて公共の安全や利益を図る。国民が危険に遭遇した時にこれを救うのは政府の当然の責務である。国民は政府の言いつけを守り、面倒を起こさないようにすべきだというのは、国民を国家の僕と考える発想である。
 ここで国民が先か、国家が先かという二者択一を持ち出すことには意味がない。国民が死滅しても国家は生き残るという「国体護持」の思想が誤りであることは明らかである。同時に、各地の難民の姿を見れば国家を失った人間は人間らしい生活を享受できないという現実も明らかであろう。国家とは、国民が自らの利益のために作った手段であるという性格を確認しておきたい。
民主主義とは、国民から権力を預かった政治家や役人が、国家という道具を公共の利益のために適切に使うよう、国民自身で監督する仕組みである。ところが、政治家や役人は、自分の権力は国民からの預かりものだということを忘れ、自分の都合のよいように使おうとする性癖を持つ。「国益」の名の下に行われた戦争が実は一握りの権力者を利するものでしかなかったという事例は、歴史上いくらでも見出せる。そして、今回の人質事件は、イラク戦争をめぐる「公共の利益」をどのように定義するかという問いをめぐる、国民と政府との衝突という性格を持っているのである。
日本政府は、イラク戦争を支持し、自衛隊をイラクに派遣することが国益だと主張してきた。しかし、政府の選択が本当に日本国民の利益に合致するものであるかどうかには、大いに議論の余地がある。残念ながら、普通の日本人はマスメディアの伝える情報をもとにした議論しかできない。ところが、三人の若い日本人が、自らの手によって公共の利益を発見、実現するために、イラクに入った。戦闘の実態や劣化ウラン弾の害毒を知ることは戦争を支持した政府方針が国益にかなうかどうかを判断するための重要な材料である。また、イラクの孤児を支援することは政府によらず日本人自身で公共の利益を実現することが可能であることを証明する。軽率さは否定できないにせよ、その能動性において、彼らは例外的な日本人であった。
日本の政治においては、国民が自ら公共の利益を定義することを政治家や役人はことのほか忌避してきた。だからこそ、官邸が主導して「自作自演説」や「自己責任論」を流し、人質を孤立させたのである。一連の情報操作は、国益の定義について国民に邪魔されたくないという政府の意思の表れであった。
 ここでもう一度、国民の果たすべき自己責任とは何かを考えておきたい。民主主義における国民の責任とは、自分の住む社会にとっての公共の利益とは何かを自分の頭で考え、それを選挙その他の手段で表現することに他ならない。官邸発、マスメディア経由で流された「自己責任論」に、自分でものを考えることを放棄した人々が付和雷同するという光景、そして大きな争点がありながら三分の一の有権者しか投票に行かなかった埼玉八区の状況こそ、国民としての責任を果たそうとする人が少数でしかないことを物語る。我々が国民としての責任を果たすためには、三人の被害者を迫害するのではなく、彼らの経験や情報を共有しなければならないのである。(北海道新聞5月10日)

2004.01.16 Friday 23:07

03年1月:二〇〇三年の政治

 失われた十年という言葉は、経済だけではなく政治にも当てはまる。十年前の今頃はと思い起こしてみると、当時の自民党最大派閥竹下派が分裂し、政治改革を求める世論は沸騰していた。あれから日本の政党政治は少しでも進歩しているかと自問すると、情けない気持ちになる。国民が新しい政治を待望する気持ちは、最近の地方選挙に現れているとおりであるが、政党の混迷は続いている。ただ負け惜しみを言うならば、自民党を中心とする既成政党の矛盾は爆発寸前まで深まっており、政治において何を変えなければならないかは明らかになっている。今年は、四月に統一地方選挙があり、衆議院の解散も予想されている。したがって、日本の政治にとって大きな岐路となる一年となるに違いない。

 小泉首相にとっては、厳しい年になるであろう。首相の持論であるはずの構造改革がいっこうに具体化しないまま、政治経済の混沌は深まる一方である。スローガンを連呼するだけの小泉政治に対して国民が幻滅していることは、昨年末の各種世論調査における内閣支持率の低下現れている。道路公団改革や不良債権処理に関して首相と与党の抵抗勢力が演じた対決劇は、今までの政策決定の仕組みを国民に理解させる教材ではあった。しかし、肝心の首相が目指すべき経済社会のイメージを明確にしていないため、政策の最終的成果は改革派と抵抗勢力との奇妙な妥協に終わりそうな様相である。倒れかけた企業を生かすか殺すかを政府が決めるという産業再生機構など、小泉流改革の典型である。経済の悪化とともに、小泉政権は厳しい局面に立たされるに違いない。

 政策迷走の原因は小泉首相の危機感の欠如にあるが、今日の事態は「権力維持のためなら何でもする」という自民党の政治姿勢が行き着く最終局面ということもできる。十年前に数か月野党の立場を経験した自民党は、与党の地位にいなければこの党が解体することを学んだ。そして、以来連立政権の相手を取り替えながら権力の座を保持してきた。森政権時代、自民党政治への嫌悪が広がると、小泉という党内の異端児を総理、総裁に据えて、目先を変えようとした。小泉首相による旧来の自民党への批判を人気回復の手段にするというのだから、小泉政権は自民党にとっての奥の手であり、もはやこの後には何も残されていない。小泉政権が統治能力を失えば、自民党はリーダーを失って解体するのが当然である。

 そのときの最悪のシナリオは、小泉的手法をさらに推し進めることで権力を維持しようとするというものである。その際のリーダーは石原慎太郎東京都知事であろう。既成の政党や官僚を斬り捨てることにおいて、石原氏は小泉首相よりもはるかに巧みであり、都政において大胆な改革を実現したというイメージもある。北朝鮮問題に関心が集まる中、石原氏が排外主義や軍事的強硬路線を体現していることも追い風になりうる。

 その時にはほかの考えを持つ政治家も結集して、国民の前に別の選択肢を示すべきである。物事を単純化して、対立する相手を罵倒したり、他国民を見下したりすることで問題が解決するほど、政治の世界は簡単ではない。今の日本に必要なのは、経済の病に対して周到な対策を立て、実行することである。権力にしがみつきたいとか勝ち馬に乗りたいといった動機で政治が動く時代はもう終わりである。日本の危機に直面してどのような理念と政策を打ち出すか、今年は日本の政党政治にとって鼎の軽重が問われる年となるに違いない。

2004.01.16 Friday 23:06

02年11月:アメリカで感じたこと

 アメリカで中間選挙が行われた一一月六日から、日本政治について講演するためにアメリカ西海岸を訪れた。最初に訪問したのは、札幌の姉妹都市でもあるポートランドである。ポートランドを含むオレゴン州は、貿易を通して日本との関係が密接であり、講演会には日本について深い知識と関心を持つ経済人が集まった。そして、日本の構造改革や不良債権処理は本当に実現するかなど、本質に迫る質問を数多く受けた。私は、小泉政権の改革は経済をいっそう悪化させるだけに終わるだろうが、旧態依然たる利益配分によるデフレ対策ももってのほかであり、日本には第三の道が必要だと説明した。

 実はアメリカでも、競争万能と勝者皆取りの経済の中で、貧困層のみならず中間層にとって教育、医療、住宅などの公的社会サービスの荒廃が深刻な問題となっている。これらの社会サービスについて信頼できる政策を打ち出すことが必要だというのが、第三の道の意味である。

 アメリカの選挙結果については日本でも詳しい報道があっただろうが、ひとことで言うなら「九・一一」以来の政治的思考停止状態が共和党の勝利をもたらしたように思える。国の安全が脅かされているときに政治の論争をしている場合ではないという感覚が大統領への支持に結びついている。野党民主党も、政権に対する明確な対立軸を打ち出すことには臆病であった。皮肉な言い方をすればブッシュ大統領こそ、テロ事件の最大の受益者となった。政府への対決姿勢を打ち出すことを躊躇しているという点では、日米両方の民主党の危機は深刻である。

 ブッシュ政権の独善的な内政・外交政策を見るにつけ、このところ私自身の中にも反米感情がわいてくることを禁じえなかった。しかし、久しぶりにアメリカを訪問し、地域社会のリーダーたちと議論をしていると、この国独特の懐の深さを感じ、ある種の尊敬の念を覚えた。私が講演を行ったポートランド州立大学には、最近日本研究センターが設立された。日本で、または日本を相手にビジネスを行い、成功したオレゴン州在住の経済人が多大な援助を行うことによって、このセンターは成り立っている。

 最近の日本における経済改革のモデルは、減税、規制緩和、競争原理の導入など、アメリカを手本としたものである。しかし、日本の市場中心主義者が唱えるアメリカモデルは、アメリカの半分しか見ていないことを痛感する。たとえば、竹中平蔵経済金融大臣は「努力した者が報われる社会」といったスローガンを唱え、日本経済のアメリカ化の旗振りをしている。しかし、竹中氏の言うアメリカ化とは、単に貪欲になることを奨励するという意味でしかない。

 確かにアメリカでは、成功した経営者は日本よりもはるかに大きな富を得ている。しかし、同時にその富を公共のために使うという文化も脈々と受け継がれている。ポートランドの日本研究のために惜しみない協力をしている経済人を見て、社会の底力というものの違いを感じたしだいである。

 日本の教育改革論議でも、教育基本法に「公共への貢献」を書きこもうという話が出ている。しかし、こうした話は抽象的な観念を押し付けるよりも、指導的な立場の大人が実践することのほうが教育効果は大きい。さしあたり、姉妹都市における日本研究の振興のために何かできないだろうか。

2004.01.16 Friday 23:05

02年9月:ドイツ総選挙とイラク問題

九月二三日に行われたドイツの総選挙では、大接戦の末社会民主党・緑の党連合が辛勝し、シュレーダー政権の続投が決まった。内政、外交の両面でこの選挙の持つ意味について考えてみたい。

 内政面では、数年前に大きな期待を集めた中道左派の政策が効果を上げず、国民の不満を集めていることが、社民党の苦戦につながった。私自身、イギリス労働党の「第三の道」やドイツ社民党の「新しい中道」という理念を日本でも取り入れたいと考えてきた。しかし、グローバルな競争が激化する経済環境の中で、雇用に関して実績を上げることは難しいようである。また、ヨーロッパ連合による経済統合の中で、一国の政府が採りうる政策の幅は大きくないことも事実である。しかし、ここで確認しておくべきことは、ドイツでは脱原発政策の推進や環境を基本にしたまちづくりなど、未来に向けた政策を着実に実行に移しているという点である。同じようにグローバル化への対応で苦悶している日本とドイツであるが、「負の遺産」の整理が終わらない後ろ向きの日本と、未来を先取りしようとしているドイツとでは、対照的である。

 内政面で批判を浴びていたシュレーダー政権は、アメリカによるイラク攻撃を徹底的に否定することで、国民の支持を集め、逆転に成功した。その根底には、ドイツ国民の平和意識があるように思える。平和意識といっても、日本とドイツでは前提が異なる。ドイツは国防軍を持ち、NATO軍の一員として行動している。しかし、軍事力を行使するのは自国の防衛と、ユーゴスラビア内戦のように正義、人道が脅かされている時だけだという原則は徹底している。昨年の米軍によるアフガニスタン攻撃に参加したことが正義と人道にかなうものであったかどうかは疑問だが、ともかく軍の行動について一線を画そうという意志を政府の指導者が持っていることはよくわかった。

 アメリカはこうしたドイツ政府の姿勢に不快感を表している。そして、戦争問題を国内政治に利用したという批判を浴びせている。しかし、戦争を選挙に利用しようとしているのはアメリカの方である。一一月にはアメリカでも中間選挙が予定されている。アメリカでは株価下落、企業の不正経理の続出など、内政面ではブッシュ政権によい材料はない。特に、企業不正に関してはブッシュ大統領を始め、政権の幹部も不正経理によって濡れ手で粟の大もうけを図ったのではないかという疑惑が指摘されている。こうした苦境を打開するために、イラク攻撃に国民の目を向けようとしていると解釈されても当然である。

 イラクの大量破壊兵器開発を止めさせるというのがアメリカによる軍事攻撃の口実である。しかし、フセイン政権を軍事力で倒すことは、大量破壊兵器の放置よりも遙かに大きな危険を中東地域、さらには世界中にもたらすであろう。ドイツの総選挙に現れた国民の意思も、その点に関する憂慮の表明であった。

 我々自身も、日本政府がこの問題にどう対応するかについて答えを出さなければならない。たとえ国連決議に基づくものであっても、正義と人道に照らして日本は米軍主体の軍事行動に協力をしないという場面があるのは当然である。政府の指導者が自衛隊の行動に一線を引くことが、シビリアン・コントロールの基本である。

2004.01.16 Friday 23:03

02年8月:民主党代表選挙に望むこと

 通常国会も終わり政局の関心事は内閣改造と民主党代表選挙に移った。それにしても、今年の通常国会は史上最低の内容だった。腐敗事件が次々と露呈したにもかかわらず、指導者の緊張感は希薄であった。公共事業を私物化して権力を太らせる政治の構造を放置して、一体いかなる構造改革があり得るのか、国民には皆目わからない。形ばかりの郵政事業改革と医療費自己負担の引き上げが小泉改革の成果だなどと自画自賛されると、雇用や倒産など国民の大事を放っておいて自分の趣味だけで政治をするなと言いたくなる。

 政府与党によるこうしたたるんだ国会運営を許した責任は、最大野党民主党にもある。細川政権ができて自民党が初めて野党になったとき、中曽根康弘元首相は「野党の最大の仕事は政権を倒すことだ」といって自民党の中堅議員を鼓舞したという話がある。同じ言葉を今の民主党に贈りたい。国会終盤、健保法改正案を阻止するチャンスが生まれたとき、民主党の幹部は「健保で政局(衆議院解散)にしたくない」といって、徹底抗戦を避けたという話を同党の若手議員から聞いた。解散に追い込むチャンスをわざわざ逃した末に形の上だけ内閣不信任案を提出するというのは、民主党が批判してやまない五五年体制時代の野党と同じではないか。

 代表選挙について私は一つの危惧を抱いている。鳩山、菅という既存のリーダーに対して若手候補も立候補を表明し、にぎやかな選挙になりそうである。政策論争が盛り上がることは結構だが、論争の結果やはりこの党は一つでいるのは無理だという結論になっては困る。政策的凝集性を求めるあまり、自由党や社民党のような政党が二、三個増えても、日本の政治には何のインパクトもない。現在の選挙制度を前提とすれば、政権交代を起こすためには大きな野党の存在が不可欠である。

 私自身この数年、民主党に日本版中道左派政党を目指せという提言をしてきた。しかし、今の民主党にそうした理念上の結集を求めるのは無理だと思うようになった。民主党は、政権交代を起こすための過渡的な道具だと割り切ればよい。今の時代、政権を取ってもすぐに変えられることは限られている。とりわけ外交安全保障などはその典型である。だとすれば、憲法や安全保障をめぐって弁論大会を開き、あげくの果てに意見の違う者同士が喧嘩をするというのは愚の骨頂である。小泉政権を倒すためには、この政権の最大の弱点である経済政策に的を絞り、国民を納得させる対抗提案を作ることこそが民主党の唯一の課題といってよい。国の姿だの憲法だのという高邁な、言い換えれば空虚な議論はいっさい停止して、民主党は国民の生活という目の前の現実だけに徹底して取り組むべきである。そして、党首選挙を通して最小限の政権綱領を作り、党全体で共有すべきである。

 最後に、横路孝弘前副代表にも一言注文をつけておきたい。政策理念として横路氏の主張に私も違和感はない。しかし、横路氏の行動が旧社会党系の組織防衛としてだけ受け止められ、党内政治に影響力を持つために党首選挙に立候補するという動きの先鞭となったことも、残念ながら事実である。民主党の政策の中に社会民主主義的な要素を最大限反映させるためには、正面から闘って党内の亀裂を深めることは得策ではない。

2004.01.16 Friday 23:02

02年6月:鈴木宗男的政治をどう変えるか

 ついに鈴木宗男代議士が逮捕され、彼の利益誘導政治が法廷で裁かれることは確実となった。鈴木宗男という存在を通して、日本政治の今後のあるべき姿について考えてみたい。

 鈴木宗男は、地元の自治体や業界の注文を受けて国からサービスを取ってくるという点で、北海道にとって偉大なご用聞きであった。自民党政治は、鈴木に限らず全国各地から優秀なご用聞きが集まり、そのエネルギーによって支えられてきた。

 ご用聞き政治家は有権者の前では卑屈である。しかし、選挙で当選するために卑屈になった分だけ官僚の前では居丈高になり、官僚の管理している予算や権限を自分の支持者のためにもぎ取ろうとする。他方ずるがしこい官僚は、ご用聞き政治家にえさを与えておけば番犬のごとく自分たちの省益を守ってくれることを知っている。鈴木宗男の跳梁跋扈に眉をひそめる官僚も多かったが、利用できる間は行儀の悪さも黙認してきた。こうしたご用聞き政治の末路が、今の日本の理念も戦略もない国の姿である。

 ご用聞きのおかげで行政サービスの恩恵を受けることができたという人もいるだろう。また、鈴木宗男が事実上失脚することで、北海道は有能なご用聞きを失うのではないかと心配する人もいるだろう。しかし、北海道の未来を切り開くためにも、この機会にご用聞き政治から決別することを道民は決意しなければならない。北海道の開拓の歴史において、また高度成長の果実を再分配する過程において、ご用聞き政治が役立ったことは私も否定しない。だが、もはやご用聞き政治では政治の課題を解決できないということを国民も政治家も認識する必要がある。

 自民党という商店のご用聞きが取り扱う商品は、公共事業など限られたものでしかない。政治家も官僚も今まで行ってきた政策がこれからも地域や住民の幸福をもたらすと信じこんで仕事を続けている。しかし、地域で生活する人たちは、自分たちにとって何が必要、有用かは自分たちで決めたいと考えるようになった。帯広−広尾間の高規格道路をめぐる議論など、その典型である。しかしそうした議論が起こるとき、ご用聞き政治家は住民の側に立つのではなく、官僚の側に立つ。以前徳島市で吉野川可動堰の是非をめぐる住民投票が行われたとき、当時の建設大臣がこれを「民主主義の誤作動」と評したが、そうした感性はご用聞き政治家に共通のものである。つまり、彼らにとって国民とは巣箱で口を開けてえさを待つひな鳥のようなものであるべきで、彼らが国民というひな鳥にえさを与えるのが民主主義だった。逆に、国民が成鳥として政策のあり方に口出しをすることは分際をわきまえない不埒な行いということになる。

 地域にとって必要な政策を無駄なく実施するためには、国の様々な障害を取り除かなければならない。地方から国に対して物申す時には、鈴木宗男は国からの金はいらないのかと恫喝し、改革の議論に立ちはだかった。北海道の従属構造を前提とし、この構造をいっそう固定化したところに鈴木宗男の最大の罪がある。鈴木の失脚は北海道を改革するための大きなチャンスなのである。鈴木宗男的政治の功罪を考えることを通して、北海道から本当の民主主義についての議論を始めるべきである。

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