2011.11.07 Monday 18:20

政治家との付き合い方

 

 

 9月の後半、しばらくイギリスに行ってきました。ヨーロッパ発の財政・金融危機の最中、イギリスでは、急増した財政赤字を抑えるために、国民負担の増加、社会サービスの切り下げなどの厳しい緊縮政策を展開しています。これは1年前の総選挙の際のマニフェストには何ら書かれていないことばかりです。

 もちろんこうした政策は国民の反発を招き、都市では若者による暴動まで起こりました。世論調査の支持率でも、キャメロン政権の人気は低下しています。加えて、取材のために盗聴までしていた新聞社の幹部をキャメロン首相は側近に登用したことが暴露されました。日本ならば、すぐに政権の行き詰まりという見出しが新聞に踊り、政局の混乱という話になるでしょう。

 イギリスで友人と話したり、新聞を読んだりして感じたのは、イギリスでは政治家を批判することと、辞任を要求することがはっきり区別されているということです。日本語で「責任を取れ」と言えば、辞めろと同じ意味です。イギリスでは、民主的に選ばれた指導者は、一定の期間仕事をして、国民の負託に応えることをもって、責任を取るという了解が、与野党にも、メディアにもあると思いました。

 民主主義とは、国民が権力者を自由に更迭する仕組みです。したがって、政治家に約束違反や大きな失敗があった場合、辞めさせることが必要な場面もあるでしょう。しかし、最近の日本ではあまりにも簡単に政治家を辞めさせる弊害があると言わなければなりません。思うに、責任を取ることと辞めることを同一視する発想は、自民党が万年与党だった時代の、万年野党社会党の党利党略に由来しています。政権を担う党はいつも同じなのだから、何か不祥事があればトップのクビをすげ替えることで、溜飲を下すという考えです。

 しかし、今は政治の前提が根本的に違います。中身はともかく、政権交代可能なしくみができました。政府与党には一定期間仕事をさせ、失敗や不祥事があれば次の選挙で辞めさせることによって、責任を取ってもらうというのが、政権交代可能な時代における責任の論じ方です。民主政治においては、野党は政府を厳しく批判しなければなりません。しかし、批判すること、監視することと足を引っ張ることは同じではありません。野党による批判や対案の提示は、次の選挙に向けた国民への情報提供という意味を持っています。自民はそうした野党の役割を会得できていません。公明党のような政策主体の政党には、批判と提言のバランスを取ってもらいたいと思います。

 民主党政権が不安定なのは、自業自得の面も大きいので、あまり擁護はできません。それにしても、政治家に時間を与えなければ、国全体が大きな混乱に陥る事を国民としても理解しておく必要があると思います。

第三文明11月号


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