2011.04.04 Monday 00:01

震災対応と政治主導のあるべき姿

 

 

 政権交代以来政治主導を追求してきた民主党政権の下で大震災が勃発し、まさに政治家のリーダーシップの真価が問われる場面となった。大震災には、地震や津波による被災者の支援、復興という在来型の問題と、原子力発電所の大規模な破壊というまったく異なる二つの問題が含まれており、政府首脳の苦悩は計り知れない。外野からの注文は無責任かもしれないが、政治家の発揮すべき指導力について考えてみたい。

 被災者支援という課題は、規模が桁外れに大きいものの、性格は阪神大震災などの過去の事例と同じで、今までの経験が役立つ。支援のための特別対策本部を設置し、仙谷由人官房副長官が全体を統括するという体制でこれから動いていくことが期待される。ただし、民主党が今まで掲げてきた政治主導については、実務に即して修正することが必要である。

たとえば、事務次官会議の廃止は政治主導の象徴であった。しかし、政府の資源をフルに動員して救援に向ける時、各省組織を掌握している役人側のトップと密接に協力することは不可欠である。この場合、政治主導の最大のテーマは、現場が必要としている資金と権限を惜しみなく与えるという決断をすることである。それによって使命感を付与された行政官は、現場で奮闘すればよい。それこそがあるべき政官関係である。

原発事故は日本の政治にとって初めて直面する難問である。事故発生以来の記者会見等を見れば、東京電力は無責任だし、今まで原発を推進してきた経産省や原子力工学の学者も同じ穴の狢だということは、素人にも伝わってくる。この事故は、それらの専門家が業界の利益を追求した結果起こった惨事である。しかし、対処法を考えるために不可欠な情報や分析について、同じ専門家に頼らざるを得ない点に、問題の困難さがある。専門家を信用できない首相は、補佐官をあてがって専門家を追求したり、参与を発令し別の情報源を作ろうとしたりする。その気持ちは分かる。しかし、情報集約や指揮命令の系統が明確化できていなければ、そうした措置は現場で混乱を起こすだけである。

いま何が必要かという観点から仕組みを再検討すべきである。今何よりも必要なのは現状に関する正しい情報である。次に、追求すべき最善シナリオから、起こりうる最悪シナリオを書き、それぞれに応じた行動計画を立案、準備しておくことである。

真相の把握と責任追及が切断されていないなら、担当者は情報を隠蔽したり、希望的観測で当面世の中を欺こうとしたりする。それは組織の宿命である。政府首脳が記者会見で東電を批判すれば、本当の情報はますます内にこもる。まず、現場を担当している人々を萎縮させず、正直に情報を上げることを政府もメディアも評価するという環境を作らなければならない。

次に重要なことは、政治指導者と専門家の協力関係を再構築することである。専門家の傲慢や無責任に対する反発から政治が専門家を糾弾しても、問題は解決しない。今求められるのは、専門性の否定ではなく、カウンター専門家の登用である。業界利益を追求した学者は「想定外」と言い訳したが、今回のような事故の可能性を指摘していた専門家もいる。カウンター専門家とは後者のことである。虚心坦懐にあらゆるシナリオを書くには、とらわれのないカウンター専門家が必要である。官僚組織の中にも、従来の政策に疑念や反省を持っている専門家は存在する。対抗的知性を動員して、既存組織のよい面を助長して対策を立てることが急務だ。

マキャベリは『君主論』の中で、誰を助言者にするかで君主の力量が分かると述べている。現代の政治指導者も個別政策についてはアマチュアである。優れた指導者は危機に際して、どのような専門家の意見を聞くかを判断しなければならない。

共同通信配信
神戸新聞4月1日など


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