2006.11.07 Tuesday 22:57

06年11月:沖縄から見た安倍政治の行方

 発足後一か月間の安倍政権の動きは、安倍首相のイデオロギー性に期待、あるいは反発する者の予想を裏切るものであった。就任早々中国、韓国を歴訪し、北朝鮮の核実験という共通の脅威の浮上もあって、小泉時代にわだかまっていた日中、日韓関係の軋轢は、ほとんど消え去ったように思える。また、歴史認識についても戦後五十周年の村山談話を継承するとの姿勢を明らかにして、この問題は政治争点ではなくなった。安倍首相が訪中に出発した当日、東アジアの国際関係に関する会議に出席し、歴史家の和田春樹氏に会った。和田氏が『世界』10月号に書いた「安部晋三氏への手紙」を首相は読んで「転向」したのでしょうと言うと、和田氏は苦笑しつつ、政権発足時に日本の戦争責任を認める姿勢を明確しておくことには意義があると述べていた。

 しかし、この転向を額面どおり歓迎することはできない。外交面で穏健姿勢の陰で、国内においては政府権力と市民社会との関係を大きく作り変えるような政策を次々と打ち出す兆候が見えている。たとえば、NHKへの放送命令の件である。法律上、政府はNHKに命令を下す権限を持っているのだろうが、報道の自由を尊重することは民主政治の土台であるがゆえに、誰もそれに手をつけなかったというのが従来の慣行だったのであろう。現にNHKは拉致事件については拉致議連のご機嫌を取っているのかと思わせるくらいに報道してきた。要するにメディアに対する威嚇としか考えられない。

 10月25日から3日間、沖縄へ行き、現地の学者やジャーナリストと話をして、先に述べた政治変化の予兆を強く感じた。権力の膨張は周辺部において最も早く現れるものである。現地に行って、高市早苗沖縄担当大臣の「出来高払い発言」の反響を知った。彼女は10月21日に沖縄を訪問し、基地移転の進捗状況に応じて北部地域振興策を進めると発言したのである。金が欲しければ、国策に協力して、さっさと基地移転を進めろという居丈高な姿勢がこの発言の背後にある。

 橋本、小渕政権時代には、梶山静六、野中広務など旧橋本派の政治家が沖縄対策を仕切ったが、彼らには等しく沖縄に対する負い目の感覚があった。同じ日本なのに沖縄だけに迷惑をかけて申し訳ないという気持ちが、沖縄振興策の動機となった。振興策が公共事業偏重で沖縄の地域経済をゆがめたという弊害もあったが、沖縄の痛みを共有しようとする政治家の誠意は評価すべきである。世代は入れ替わり、権勢を手にした「恐るべき子供たち」は、他者を見下して平然としている。沖縄の米軍基地は日本にとっても不可欠であり、基地が集中している沖縄に住むのは沖縄人の自由な選択の結果であるとでも言いたいのであろうか。沖縄人がこれ以上身勝手を言うなら、国も付き合っていられないというのが高市発言の本質である。

 困ったことに、差別され、蔑視される被害者の側が、自らの尊厳と権利を主張する意欲や能力を失いつつあるという兆候も見える。一夕、沖縄国際大学前の店で、同大学に勤める友人らと歓談した。2年前も同大学へ行ったことがあるが、その時には二〇〇四年八月のヘリコプター墜落事故の爪痕が生々しく残っていた。しかし、今はきれいに整備され、事故があったことなど分らない。大学幹部は事故の補償交渉にも極めて協力的で、防衛施設局の側が拍子抜けしたほどだという話も聞いた。知恵のある学長なら、学生をあって抗議行動を起こし、それを梃子に取れるだけの補償を取ろうとするであろうに。

 名護では、小説家の目取真俊氏と対談した。最近まで高校教師をしていた同氏は、沖縄の若者を取り巻く絶望的な状況を語ってくれた。学校では学費滞納による退学者が相次ぎ、既存の奨学金や学費免除制度では追いつかない。経済的自立ができていない若年層での結婚、出産が多く、貧困の悪循環が始まっている。仕事といえば、本州から来る観光客相手のサービス産業における低賃金労働しかない。

 沖縄で起こっていることは、日本全体の変化の始まりでしかないのだろう。今始まっているのは、国内における植民地主義である。土建開発主義と結びついた国土の均衡という政策目標が捨て去られ、代わりに分権、自立という名の下に地方には窮乏化する自由が押し付けられようとしている。小泉時代に、親切な政治から冷淡な政治への転換が進んだが、安倍政治への世代交代によってそれはますます加速されている。戦争や貧困を知らない若手の政治家は、生身の人間とはかけ離れたところで抽象的な国益を語り、それに従わない者は身勝手として切り捨てられる。

 今、いじめを苦にした子供の自殺が日本人に衝撃を与えている。実に痛ましい話である。しかし、先の高市発言に示されるように、政治家こそが国ぐるみのいじめをして、それを恥じないというのが現状ではないか。政府が提出した教育基本法改正案では、郷土と国を愛する態度を養うと書かれているが、これなど悪い冗談でしかない。沖縄の人々の郷土を愛する心は無視され、同じ日本でありながら沖縄だけに米軍基地を集中して、迷惑をわびることもない。本来の愛国心は、主権者としての政治的覚醒と結びつくはずである。日本人が国の行く末に関心を持つならば、米軍再編という問題にももっと関心が高まり、沖縄だけに矛盾を押し付けて知らん振りという態度は糾弾されるはずである。形だけの愛国心が子供たちに注入されれば、政治家が定義する国益に疑いをさしはさまない従順な人間が増えるだろう。政策による不利益に対して、自らの尊厳や権利を主張できない無力な人間があふれるというのが、格差社会の行き着く果てである。

 沖縄の人々が政治的権利を行使するのかどうか、11月19日の知事選挙に注目したい。(週刊東洋経済11月11日号)

Comment:
2006/11/08 10:07 AM, 2郎 wrote:
糸数さんは、以前、「朝まで生テレビ」でもご一緒させていただいたことがあるが、共産党と変らない主張の持ち主です。米軍はおろか自衛隊の存在すら許さないという強烈なイデオロギーが彼女のスタンスの背景にあります
http://blog.goo.ne.jp/nagashima21/e/60ebc961d369a4e44f82fa4b8f235717

共産・社民の誘惑に乗ってはダメ
http://blog.goo.ne.jp/nagashima21/e/c31b9fb6844c2aea32e0ced1793def58

一部の常識的民主党員、民主党支持者に期待したい。
民主党の「再社会党化」を望む人はいらない。
2006/11/19 11:11 PM, 2郎 wrote:
自分の分析や勝手な思いこみが間違っていたと素直に反省することも山口教授に求める。

長島さん、県民の皆さんは賢明な選択をしましたよ!
2006/11/21 4:38 PM, 九郎政宗 wrote:
>県民の皆さんは賢明な選択をしましたよ!

こりゃあ、上記の山口先生の文章を読んでないのか、読む能力がないかのどちらかだな(@∀@)

そんなに「沖縄県民が懸命な判断をした」というなら、沖縄に住めばよかろう。住めるもんならな!

このあいだなくなった宇井純先生がおっしゃっておられたが、沖縄の若者にとっては選挙は現金収入を得る機会の一つだという。これが何を意味するかわからない者だけが、「賢明な選択」などということを言うのだろう。人の痛みがわからない、まさに「いい年こいてチルドレン」ってやつか(@∀@)
2006/11/22 5:29 PM, 金鳥 wrote:
九郎政宗氏に同感です。この2郎氏という方は、自分の希望的観測が「当たった」ことがよほど嬉しくてお得意なのでしょう。お得意のあまり、山口教授に「素直に反省すること」まで求めたりして。山口教授と選挙予測を競合して勝った!とでも勘違いしているご様子。何だろなーこの人は。選挙屋じゃあるまいし。

2郎氏に文章読解能力がないのはご本人の勝手ですが、勘違いした下品なコメントがマメになされるのには閉口しています。

下品なハエにはキンチョール。シューーー。…とできればいいのですが。こういうハエに限ってマメでしつこいことが多くて困ります。



沖縄県知事選に関しては、県民の苦渋の選択の結果としか言えないのではないでしょうか。

「沖縄県民は間違った選択をした」と左から批判するのが無神経であると同様に、「賢明な選択をした」と右からいうのもまた傲慢極まりないと思います。

深刻な不況、兵糧攻めの経験、そして高市氏の恫喝と続く中で、県民の選択は、「基地よりも経済」というよりは、「<経済※基地付き>を受け入れないと食えない」ということではなかったか、と思います。
2006/11/24 10:17 PM, ♪やまっち3♪ wrote:
なんか、山口先生のお話や、今の日本の現状を見ていると、今から英語か独語を猛勉強して、老後はニュージーランドか、スイス・オーストリアあたりに移住したい気分になりますねw…。 以前、TBSラジオの「荒川強啓デイキャッチ!」で、老後は、このまま日本に住み続けたいですか? のアンケートに、リスナーから、YES=53%、NO=47%のほぼ均衡した結果が出たのを、思い出します。
2006/12/21 1:53 AM,  wrote:
>>沖縄の若者にとっては選挙は現金収入を得る機会の一つだという

沖縄出身者として,こんな非差別的で虚偽に満ちた発言は見過ごせません。
本当に宇井先生の発言だとしたら,幻滅です。

>>沖縄県知事選に関しては、県民の苦渋の選択の結果としか言えないのではないでしょうか。

いいえ。仲井真氏の当選によって本当北東部への基地移設が進みますが,これによって負担をこうむるのは移設先の宜野座村,名護市,および金武町の住民のみです。
それ以外の住民はまったく損をしません。
つまり,県民一般が苦渋の選択を突きつけられたという事実はありません。
あるように見えるのは,異様に県外移設にこだわる地元紙の報道によるものです。
Add a comment:









 
RECOMMEND
CALENDAR
NEW ENTRY
ARCHIVES
CATEGORY
COMMENT
PROFILE
MOBILE
LINK
SEARCH
OTHER

(C) 2019 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.