2004.06.18 Friday 02:27

著書・コメント:戦後政治の崩壊― デモクラシーはどこへゆくか ―

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 小泉政治が日本の民主主義をどれだけ破壊したのかを、本格的に検証した書物です。怒りや不満を論理と行動に転化するためのテキストにしてください。

 以下、一連の読者の皆様からのコメントへの返答

 いろいろとお便り有り難うございました。この間、さぼってしまい申し訳ありません。今月発売の新書に加えて、石川真澄さんの名著『戦後政治史』(岩波新書、1995年)の改訂版を作るという作業を引き受け、同書出版以後の十年の政治の動きをコンパクトにまとめるという仕事をしていました。この本は8月に出る予定です。

 今月新書を出して、いささか感慨深いものがあります。93年の『政治改革』から始まって5冊目(岩波新書としては4冊目)の新書です。この間、日本の政治学者としては最も精力的に同時代の政治を追いかけ、批判的に論評してきました。しかし、書いても、書いても日本の政治は悪くなる一方です。小泉ごときのインチキに、手もなく国民がだまされるという状況を見て、政治学者としての無力を感じます。しかし、黙っていては何も変わりません。

 最近寝る前に太平洋戦争中の知識人が書き残した本を読んでいます。清沢冽『暗黒日記』(ちくま学芸文庫)、『石橋湛山評論集』(岩波文庫)、桐生悠々『畜生道の地球』(中公文庫)の3点がお薦めです。昭和15−20年の日本と、今の日本との間に一体どんな違いがあるのかと、考えさせられます。権力者が論理をかなぐり捨て、事実を隠蔽し、国の命運を狂わせるという意味では、あまり違いはありません。

 大きな違いは、今の日本には治安維持法がないことです。何を書いても、それだけで投獄されることはありません。あの時代の知識人が言論の自由を貫くために身命を賭していたのに比べれば、今の学者など甘いものです。文筆を業とするものは、挫折だの閉塞だのと贅沢を言っている場合ではありません。

 言論の自由といえば、読者の方より亀井秀雄氏のコメントについての投稿がありました。亀井氏の私に対するいちゃ文にはいちいち応えるまでもありません。言論の自由、表現の自由を守ることについてのまじめな議論の揚げ足を取って、気の利いたことを言っていると悦にいる連中は前からたくさんいましたが、亀井氏がその手合いだとは知りませんでした。私の文章を読んであくびを出そうが興奮しようが、それは読者の自由です。しかし、およそ文筆を業とするものであれば、権力者が言論や表現の自由を抑圧しようとするときに反論することは、義務でさえあると思います。自衛隊という暴力組織の責任者が「八つ当たり」で一般市民の表現活動を威嚇するということは、軍事組織の責任者にあるまじき行為なのです。私の揚げ足を取る前に、そのこと自体をどう考えるかを明らかにすることが、およそ言論に携わっているものの最低限の倫理です。仮に、言論の自由は「良識」的な者だけに許されるなどと思っているのなら、ウェッブサイトの冒頭に「官許」という印でも付けることをお勧めします。

 もう1つ、年金問題について批判をいただきました。日本の年金制度は賦課方式と積み立て方式の折衷という性格を持っています。しかし、『朝日新聞』5月13日朝刊に載った堤修三(前社会保険庁長官)のインタビューにあるように、厚生労働省は現役世代に対して賦課方式の側面を強調して、年金保険料を払うよう宣伝しています。私の議論は、それを前提にしています。

 7月の参議院選挙は、小泉政治の欺瞞に対してノーを言う最後のチャンスです。この選挙を乗り切れば、彼はあと2、3年総理の座に座り、やりたい放題をするでしょう。その間、国政選挙がないことを考えれば、この参議院選挙の重要さが分かります。主権者として、悔いのないように行動したいものです。

Posted by: 山口二郎 : 2004年06月18日 13:59

以下、コメント。

先生の新書を読ませていただきました。基礎的な次元から、とても勉強になりました。第六章での「例外を作れば、その例外はじわじわと広がっていくのだ」という文章を読んで、改めて最近の言論弾圧に対する危機感をもちました。

Posted by: Lilliput : 2004年07月03日 16:38

リンクのお知らせ

初めて書き込みいたします。労働者運動資料室というNPO法人のサイト管理者をしているものです。このサイトは労農派マルクス主義、旧日本社会党などの文献をネット上で紹介していくことを主な目的としています。今回、リンク集を拡張したのを機に、山口先生のサイトをリンクさせていただきました。お暇な時にでも覗いていただければ幸いです。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~rounou/

Posted by: 労働者運動資料室管理者 : 2004年07月02日 22:39

 ご高著『戦後政治の崩壊』を購入して、拝読しました。現在の政治状況を「戦後政治の崩壊」と認識されたことをはじめとして、他には、リスクの個人化と裁量的政策の組み合わせや、思考の省略と問題の単純化などといった小泉政治の問題点についての指摘では、納得するところが多かったです。
 わたしは、大学3年の90年7月に外務省で開催された学生論文コンクールで、自衛隊海外派兵を否定して、アジアとの経済的相互依存の深化による戦争抑止体制の構築を主張して、優秀賞を受賞した経験などがあります。それだけに、多国籍軍参加という事態になるまで、世論が何とか食い止めることは出来なかったのか、という思いがあります。もっとも、個人的には冷戦崩壊直後に、いつかは自衛隊を派兵することを予測していましたが、当時は米軍の肩代わりでフィリピン派兵を想定していました。中東イラクへ派兵することまでは、予想外でした。
 89年1月当時は、平成=大正とみなして、これから民主主義が発展するものと思っていました。しかし、平成=昭和とみなした方が実態に即している気がしています。かつて村上龍の小説でファシズムを扱ったものがありましたが、絵空事ではなく、もう目の前まで迫ってきている危機感があります。自民党政権は不況を長期化させて国民への参政の意欲をそぎ、改憲への地ならしをしていったのではないか、とすら思えてきます。
 このような書籍の刊行を待望していたので、本当にありがとうごさいます。

Posted by: 西戸 雄一郎 : 2004年06月25日 19:49

コメントの追加
先日、高橋哲哉さんから近著『平和と平等をあきらめない』(斎藤貴男氏との対談、晶文社)をいただきました。私の新書の帯と全く同じタイトルを付けた本で、中身を読んで大いに共鳴しました。普通の人間にとって、平和と平等は大切な価値です。今、この2つの価値をあしざまにけなしているのは、たまさか権力や金を持って、自らを絶対の安全地帯においている人々です。たまたま貴種に生まれただけで、あるいは世渡りが上手なだけで、権力や富を手に入れた安倍晋三や竹中平蔵などに、国の誇りだの自助努力だのと説教をされるいわれはありません。

世代論で人間をくくることには落とし穴がありますが、高橋(1956年生まれ)、斎藤(1958年生まれ)両氏と私はほとんど同じ世代です。特に斎藤さんとは同い年です。団塊世代がバブル時代に無謀で愚かな行動を繰り返し、日本経済をどん底に突き落としたあとは、私たちの世代がその後始末をしなければなりません。

ほぼ時を同じくして、尊敬する高橋、斎藤両氏とともに、平和と平等の擁護を訴える本を出せたことを、大変嬉しく思います。私の本を読んでくださった人は、是非、高橋、斎藤両氏の対談も読んでください。

Posted by: 山口二郎 : 2004年06月19日 13:02

Comment:
2004/11/10 1:28 PM, 川崎徹朗 wrote:
 [戦後政治の崩壊― デモクラシーはどこへゆくか ―]大変興味深く、随所随所で納得しながら、拝読させていただきました。  とりわけ関心を持ったのが、「第6章デモクラシーの融壊」における「メディアをめぐる権力状況」です。  テレビ朝日の幹部がオフレコで「自民党政権を終わらせるためにニュース報道をした」旨の発言をしたことが暴露されてから政治家と政党はメディアの動きにきわめて敏感となり、メディアに対して様々な圧力をかけるようになったくだりは、本当にそのとおりだと思います。この結果、メディアはすかっかり萎縮してしまい、政権与党を批判する内容の番組は作りにくくなってしまったことは確かにいえると思うからです。  その結果、小泉(と同類の政治家)が何をしようが、いおうが、よほどはっきりしたことでない限り批判をしなくなってしまったのではないでしょうか。  この本の中では、メディアに惑わされないために、メディアのいうことは疑ってかかる(メディアリテラシー)ことが提案されていますが、何を放送するかという編集権をメディアが握っている以上、それには限界があると思います。また、インターネットなどで、TVなどマスメディアで扱わない情報が得られるのは事実です。  しかし、影響力ということを考えた場合、やはりマスメディアの影響力は絶大といえるでしょう。  ここで強調したいことは、政権がいかにマスメディアに対して圧力をかけ、それをコントロールするにいたったかといことを具体的なケースにより白日のもとにさらすことっがもっともっとなされるべきであるということ。そして、その関係を突き崩すためにとりうる手段として何が考えられるかについて、多くの人が真剣に考えることだと思います。
2004/11/11 2:55 PM, 工藤  恒男 wrote:
川崎さんへ 1954年6月13日午後7時、東京駅ステーションホテルで「おとむらいの会」が開かれました。机の上には「焼きトリ」が山盛り。もう、ご記憶の方は少ないと思いますが、NHKの人気番組「日曜娯楽版」が名を変えて「ユーモア劇場」となったものの、それも当夜が最後の放送となり「おとむらいの会」が開催されたのです。机上の焼きトリは中心人物だった三木鶏郎をもじったジョークです。ちなみにこの日はNHK専用のテーブルも用意されましたが空席でした。 55年体制が出来る前の話ですが、政治権力による言論弾圧はすでに始まったのです。戦後政治が崩壊したのは山口先生のお説のとおり社会党が内部抗争を繰り返したからですが、その原因は「国民が経済成長の魅力に勝てなかった」ということだと思います。現在は政治権力がマスメディアに圧力を掛けているというより、メディアが商業的採算を取るため已む無く読者や視聴者、スポンサーに迎合しているのだと思います。 世界の人口が60億を超えさらに増加している現在、人類の共存を目指すなら、先進国が自重して経済成長を抑制し、生活レベルを下げて持続可能な環境を作るべく努力しなければならないと思います。その結果として、メディアに人類の共存に役立つような報道をさせるようにしなければ、政権やメディアを批判するだけでは解決にはならないと思います。 参考までに毎日新聞白戸記者の「スーダン・ダルフール危機」(10月14日)の記事についての批判に対する記者自身の弁明を添付します。 このダルフール問題への取り組みの遅さは、毎日新聞に限らず日本のすべてのメディアに言えることですが、あまりに貧弱な国際報道体制の象徴だと思います。現在、毎日の記者で海外特派員は世界にたった36人、私についていえば1人でアフリカ48カ国をカバーしています。こうやっている間にも、どこか別の地域で何かが起きている可能性があり、現実には迅速なカバーはほとんどできないという実態があります。  ご承知の通り、日本の新聞はクオリティーペパーを標榜するにはあまりにチグハグな構造を持っています。世界のニュースから販売店の要請に応えた町内会の行事まで、全部を紙面に押し込めている幕の内弁当のようなものが日本の新聞です。  こうした構造の中で何が起きているかというと、ニュースの第一報をロイター通信かAP通信に頼り、その次にCNNが騒ぎ出せば「国際ニュース」として初めて取材に取り掛かるという現象が日常化しています。あるいは、仮に現場の記者が早めに取材に取り掛かり、外信部の中でコトの重要性に関する一定の認識を得つつあったとして、それが新聞社全体の中で一定の面積を割いたニュースとして扱われにくいという状況があります。この文章を会社の偉い人々が見たら怒るかもしれませんが(笑)、端的に言って日本の新聞社では、自ら「これは重大なニュースだ」と判断できる欧米のクオリティーペーパーのような地域専門家が計画的に育成されてもいません。紙面をご覧になれば分かるとおり、外信部の記者に与えられたページなど高校野球の記事以下のスペースであり、毎春、毎夏の高校野球取材に動員される記者の数(私も若いころやらされました)は、世界史に残る虐殺事件を取材する記者の何十倍にも達するわけです。 実に膨大な読者の方々、さらには私の女房の親戚からですら「××新聞は親中派なので、この記事を見送ったのか」とか「△△新聞はイデオロギー的に◎◎寄りなので、あの報道に熱心なのだ」といった声が寄せられます。だが、率直なところ、現在の日本の国際報道は、そうしたある種の政治的判断(政治的偏向)以前の問題だというのが実情だと感じています。他の新聞社、または毎日新聞社のほかの部署がどうかは分かりませんが、外信部で私が知りうる限り、私はどこかの国への政治的配慮から記事を控えたこともなく、また控えるよう求められたこともありません。ある意味で日本のジャーナリズムの国際報道の水準の低さを告白する恥ずかしい話ではありますが、問題の所在は政治的判断以前のもっと深刻な問題、すなわち一体、日本の新聞社は今のような構造でよいのかというところにあるように思います。
2007/05/21 11:25 AM, 我々は今回が最後の機会として、立ち上がらなければ! wrote:
 清沢冽『暗黒日記』(ちくま学芸文庫)は、
途中まで読み、桐生悠々『畜生道の地球』
(中公文庫)は桐生氏本人の本では無く、
 井出孫六氏「抵抗の新聞人桐生悠々」(岩波
新書)を購入してあの、「1933年の筆禍」の章
から読みました。東京大学卒業ながら、現在の「働く貧困層」の様な立場なのに、「言わねば
ならぬ」事を、廃刊と同時に発禁まで叫び続けた、姿勢に感動しました。
 他にも、日本ではありませんが、ナチス政権
成立前から後まで平和運動を執筆で闘い続け、
亡命する事なく、軟禁のまま病死した人物の
内容「カール・フォン・オシエツキーの生涯 ドイツ・ワイマル時代の政治的ジャーナリスト」加藤善夫著(晃洋書房刊)も古書から購入
して読みました。これも言論の自由がいかに
大切か、良く解かる本です。
 最近は斎藤隆夫の様な、骨の在る国会議員
が居ません。このままだと、今年の7月の参議院
選挙の結果によれば、日本の民主主義は、
「本当にヤバくなる」事大です。
2011/08/04 3:14 PM, 『 〜極悪人(33)のショー明〜 』 wrote:
 『 〜極悪人(33)=ONファミリー(北朝鮮)○ 暴力装置(三 十三)〜 』



 『 〜Hell犬金( △ターゲット )〜 』

  〜110盗撮( 党 殺 )○死援者リスト〜


 〜赤坂○BS と イイジマ三(33)暴力団(三)〜

 〜朝○放送 と 110軽視腸(さくらファミリー)〜

 〜NH犬(3!) と 不治三軽( 日枝 )〜

 〜イサオ三(33) と ビートた○し〜

〜濃い○百合子( 十三 )“ I am sorry ”(いずれ女性初!!!!!!!!)  と  ◎GO!! さま〜



  『 〜Hell犬金( △ターゲット )=擬装失踪 ・ 擬装自殺・ 事件 ・ 事故〜 』


 目下 ターゲットは( 小泉純一郎前首相を官邸へのメールで励まし続けたにすぎない )一国民の医師久松篤子とその家族(長崎市)
 
2019/06/10 1:40 PM, 医師久松篤子(63歳)と母のrefeeding syndrome wrote:

  国民による裁判員裁判を無視し、


警察が協力して
 
    老女二人の虐殺を金正恩に依頼した


   安倍首相と皇后・上皇夫妻の

    違法で令和は幕明け!
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