2019.02.22 Friday 18:58

主観の過剰と安倍政治の危機


 通常国会の論戦が始まったが、冒頭から統計不正問題で政府は批判の矢面に立たされている。ことは近代国家にとって屋台骨に関わる危険信号である。この問題には、十数年の時間幅で日本をむしばんできた病理と、安倍晋三政権の経済政策が成功しているという演出に関わる部分の二面があると思える。

 毎月勤労統計調査のうち本来悉皆調査を行うべき大規模事業所についてサンプリングでお茶を濁すという悪習が、東京では2004年以降続いてきたことが明らかとなった。過去20年ほどの間の経費削減圧力の中、統計行政の現場は悉皆調査に代えてサンプル調査にして経費を浮かせるという悪知恵を働かせたのではないか。

 これは厚労省に特有の病理ではない。JR北海道では赤字経営の中、保線の経費を維持できず、現場の保線担当者は偽の検査数値を上げて、老朽化した線路を放置した。検査や統計という仕事は、それ自体派手な成果を上げる事業ではなく、現場担当者の良心に依存している。また、組織に資源が無くなれば、真っ先に削減の対象となる。しかし、データを捏造してごまかしを続ければ、JR北海道のように大きな脱線事故を起こす。国の経済にとってもこれは他人事ではない。また、東芝の不正経理や自動車メーカーの検査データ改ざんなど同種の事件は民間大企業でも起こっている。偽装という病が経済統計の世界にも及んでいたのかという驚きはある。それは、正確性や信頼性を二の次にする世の中の風潮の反映でもある。

 もう1つの問題は、安倍政権の成果を粉飾するために統計が操作されたのではないかという疑惑である。これについては、衆議院予算委員会で小川淳也議員が的確な追及を行った。統計の動揺に関しては、次のような経過があった。
2015年9月  安倍首相がGDP600兆円を目指すと宣言。
2015年10月 麻生太郎財務相が統計の精度を上げるようにと発言。
2016年6月 政府の「骨太方針」に統計改革が掲げられる。
2018年1月以降 厚生労働省は毎月勤労統計調査の原データに復元を加え、同年6月の対前年比賃金上昇率が3.3%と公表される。しかし、その後データ操作が明るみに出て、2.8%に訂正される。

 首相や財務省から直接的な指示があったかどうかはわからない。それにしても、経済データがアベノミクスの成功を示すように操作されていることをうかがわせる材料はたくさんある。粉飾決算を行った民間企業では、経営陣の責任が問われることのないように、現場の担当者が上の意向を慮って、利益を計上して各年度の決算をごまかすことを繰り返した。同じことが政府で行われたのではないか。

 統計不正問題は、安倍政治における虚偽、腐食体質の新たな現れである。森友・加計疑惑、働き方改革法案の基礎となったデータにおける虚偽、入国管理法改正の際の外国人技能実習生の実態の隠蔽、そして今回の統計不正である。今までの疑惑の際には、官僚が安倍政権に責めが及ぶことを防ぐために、証拠の隠蔽、文書の改ざん、国会答弁における虚偽など犯罪行為を繰り返してきた。安倍政権が長期化し、内閣人事局によって幹部人事を政権中枢が動かす状態が続いたために、中央省庁の官僚も事実の尊重、法の遵守という公務員の基本的な道徳をおろそかにし、権力に迎合する者が増えているとしか思えない。この点は、国会審議、関係者の招致によって徹底的に追及してほしい。

 安倍政治の大きな特徴は、主観が客観を制圧することである。日本銀行のデフレ脱却策は、失敗が明らかになったのちもひたすら不可能な目標を掲げ続けるという点で、太平洋戦争末期の本土決戦の発想と同じである。アベノミクスの成功という権力者の主観的願望が統計不正を招いた疑惑が濃いことはすでに述べたとおりである。主観過剰を歴史に投影すれば、過去の自国の行動を正当化、美化する歴史修正主義がはびこることとなる。安倍首相は正月休みに百田尚樹氏の『日本国紀』を読むとツイッターで書いていた。首相が歴史に学ぶということをどう理解しているかと思うと、情けなくなる。

 外交の世界でも、主観が客観を駆逐した独り相撲が続いている。日ロ間の領土紛争に決着をつけると張り切るものの、1月の日ロ首脳会談では平和条約締結に向けた具体的な前進はなかった。外交軍事大国のロシア相手に、安倍首相の主観が通じないのは当たり前であるが、日本の政治家のみならず、大方のメディアまでが幻想共同体に浸っていたことが明らかとなった。対米通商交渉では、TAG(物品貿易協定)なる新語をひねり出して国内世論を安心させようとしたが、ウィリアム・ハガティ駐日大使は、2月5日の朝日新聞のインタビューで、TAGという言葉を一蹴し、サービスの自由化も求めると明言した。トランプ政権は日本を大事にしてくれるというのも幻想である。

 歴史を振り返れば、日米開戦の失敗を見ればわかるように、主観の過剰は国を亡ぼす。政治家にとって、価値観、理想という主観は不可欠である。理想はこの世に実在しないから理想なのである。政治家の仕事は、虚栄や先入観を排して事実を客観的にとらえ、現実を一歩ずつ理想に近づけるために解決策を講じることである。「こうであって欲しい」と「こうである」の区別がつかなければ、政治は失敗する。だからこそ、戦後の民主化の中で統計が政府活動の重要分野として位置づけられたのである。

 メディアも、我々政治を論じる学者も、王様は裸だと叫ばなければならない最終局面に来ている。

週刊東洋経済 2月23日号

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