2017.12.23 Saturday 15:36

手遅れになる前に

 2017年も終わろうとしている。10月の総選挙で安倍政権がさらに数年継続することが確実となった。しかし、日本が直面している様々な政策的難題に対して政治が的確に取り組んでいるかと言えば、憲法改正を始めとする空騒ぎばかりが続いているように思える。今年は、1997年の金融危機から20年、失われた時はいつの間にか20年を超え、このまま政治が無策であれば30年に届くだろう。この20年間は、社会・経済の病理は緩慢に進行してきたが、ある臨界点を超えれば手の施しようのないような速度で悪化するかもしれない。

12月7日の朝日新聞朝刊に、旭化成社長の次のような話が載っていた。
「当社では、30代後半から40代前半の層が薄くなっています。2000年前後に構造改革で採用を極端に減らしたためです。その世代が中間管理職として一番パワーをもたないといけない時代にさしかかってきました。キャリア採用もしていますが、なかなか人が集まりません。」

 目先のコスト削減のために人材育成を怠った結果の人手不足は、経営戦略の失敗であり、自業自得である。しかし、この構図は1つの企業にとどまるものではなく、日本全体の困難を象徴している。

 人口減少は成長力の消滅、国内市場の収縮、地方の空洞化、財政や社会保障の持続不能など多くの問題の根源である。なぜ2000年代半ばから人口減少が始まったのか。直接的な原因は、1970年代中ごろに生まれたいわゆる団塊ジュニア世代があまり子供を作らなかった点に求められる。70年代中ごろには団塊世代が子供を産み、出生数は1年に200万人程度だった。しかし、その30年後には第3次ベビーブームは起きず、出生数は100万人強が続いた。
 ではなぜ団塊ジュニア世代は子供を作らなかったのか。彼ら・彼女らが社会に出た90年代中頃は、バブル崩壊後の不況、グローバル化に煽られた「構造改革」の中で、雇用の劣化が急速に進んだためである。企業にとってはコスト削減だが、若い人々にとっては人生設計が出だしから狂うことを意味する。

 この世代の人々はのちにロスト・ジェネレーションと呼ばれ、同時代の日本に厳しい批判を浴びせる論客も現れた。最も重要な論点は、自己責任の欺瞞性である。企業における終身雇用や地域に対する公共投資による雇用保障策が崩壊する中、若い人々には自力で生きていくことが求められた。しかし、雇用システムが変化したことは若者の責任ではない。

もちろん、企業は生き残りのために終身雇用を変えたのであり、やむを得ないともいえる。個々の企業の生き残り策が社会全体の持続可能性を損なうことは、合成の誤謬の典型例である。そして、政治は合成の誤謬を回避するためにある。非正規・低賃金労働が増加する時代においては、政府が低賃金でも人間らしく生きていけるような社会の基盤を構築すべきであった。人件費削減で上がった利益の一部は社会基盤整備のために吸い上げるべきである。デンマークやオランダが示すように、雇用の柔軟化は安定的な社会保障を必要とするのである。しかし、日本の政府はこの15年間、民間企業と同様のコストカット、ダウンサイジングを進めた。

社会の疲弊が覆い隠せなくなって、ようやく安倍晋三政権も対応を始めた。来年度予算では「人づくり革命」というスローガンの下で、2兆円の政策パッケージを打ち出すとのことである。しかし、これは総選挙直前に泥縄で用意された数字ありきのスローガンであり、中身は整合性のないものである。保育と幼児教育の無償化は結構なことだが、問題は保育の供給力が圧倒的に不足していることにある。無償化による需要の喚起よりも、供給体制の整備に資金を集中することこそ急務である。保育士の待遇改善として1%の賃上げもうたわれているが、二階から目薬の類である。
高等教育についても無償化の取り組みを始めるとしており、大人向けのリカレント教育のためにも今後5000億円を投入するそうである。リカレント教育は大学・大学院で提供するはずだが、政府は今の大学の疲弊を知らないのか。タイムズ・ハイアー・エデュケーションが9月に発表した世界大学ランキングでは日本の大学は順位を下げ、最上位の東京大学でさえ74位だった。この十数年続いてきた大学予算の削減が、大学の知的体力の低下という具体的結果をもたらしている。学費軽減やリカレント教育を拡充しても、大学が質の高い教育サービスを供給する能力は低下する一方である。
 安倍首相は総選挙で国難という言葉を繰り返していた。本当の国難は日本が直面している難題に対して政治が思い付きを並べて、真剣に取り組もうとしない点にある。有効な政策を作るためには、問題の原因を的確に探り当て、因果関係の分析に基づく解決策を考えることが必要である。これをエビデンス・ベーストの接近法というが、安倍政権にはエビデンスに基づくという発想がない。家庭生活の充実と次世代再生産のためには、若い世代の賃金上昇と雇用の安定化が不可欠だが、政府は親学という右翼的イデオロギーに基づく家庭教育支援法という怪しげな法律を作ろうとしている。また、働き方改革の名のもとに残業代ゼロを合法化する労働基準法改正を進めようとしている。これらの政策が実現すれば、若い人々の自由な生活は一層困難になる。

 2010年代の残りの時間を憲法改正のために使うとすれば、それこそ失見当識の極みである。東アジアの国際環境が厳しいことは事実だが、朝鮮半島問題には国際協調で政治的解決を探求するしかない。21世紀の今、国は外敵によって滅ぼされるのではなく、内部の病理によって自壊する可能性の方がはるかに大きい。日本に残された時間は長くない。社会経済の具体的な問題について、手遅れにならないうちに、イデオロギーや先入観を排した現実的な接近を行うことが政治再生の第一歩である。

週刊東洋経済 12月23日号

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