2018.12.27 Thursday 16:41

尊厳的部分

 今日は平成最後の天皇誕生日である。このところ天皇家と政府の関係が不安定になっていることがうかがえる。
 19世紀イギリスの批評家ウォルター・バジョットは、『イギリス憲政論』の中で国家機構を、尊厳的部分と機能的部分分け、ている。機能的部分とは実際に社会を統治する政府、尊厳的部分とは人々から服従や忠誠を引き出す権威とされる。そして、国王に代表される尊厳的部分が安定的統治の秘訣であるとした。
 安倍政権の最大の罪は、尊厳的部分、つまり明文化されていない権威を軽んじている点にある。機能的部分の中にも尊厳的部分のような役割を果たす公的機関がある。従来であれば、法秩序の安定性のために内閣法制局が自立した権威を持ち、通貨の信用維持のために日本銀行が中立的権威を持ってきた。しかし、この6年間、安倍政権はこれらの公的機関の人事を壟断し、政治的道具とした。
 2013年4月28日に、講和条約から沖縄が取り残されたことに心を痛めていた天皇に主権回復記念式典への臨席を求めたことから始まり、安倍政権は君主制にまで自らの政治的意思を押し付けようとしてきた。
平成の終わりに当たって、ためにする改憲議論を終わらせ、戦後憲法体制の正統性を広く確認、共有することが日本の秩序のために必要である。

東京新聞12月23日

2018.12.27 Thursday 16:40

野蛮の国

 安倍政権はついに辺野古への土砂の投入を始めた。沖縄県民の身を切られるような痛みを想像しながら、暴挙を傍観するしかないのが情けない。
 民主主義国家において、力による直接行動は、弱者、被治者が強者、権力者に対して異議申し立てをするときに、1つの方法として是認されている。黒人の政治参加の権利を求めたワシントン大行進から、最近のフランスにおける黄色いベストの運動に至るまで、市民が街頭に出て声を上げることで、強者が己の間違いに気づかされることがある。
 日本では、正反対に権力者が少数者、被治者に対して剥き出しの力を振るっている。政府は合法的手続きを取ったと言い張るが、それは防衛大臣が私人のふりをして行政不服審査に訴えたという茶番に由来する偽の合法性である。
 権力者の力ずくがまかり通るのは野蛮国である。スペインの思想家、オルテガは『大衆の反逆』の中で野蛮人の特徴として、他人の話を聞かない、手続き、規範、礼節を無視することを挙げている。日本の権力者にもそのまま当てはまる。「敵とともに生きる!反対者とともに統治する!こんな気持ちのやさしさは、もう理解しがたくなりはじめ」たとオルテガは書いた。
私たちにも、野蛮を拒絶し、文明の側に立つという決意を固めることくらいはできる。

東京新聞12月16日

2018.12.27 Thursday 16:39

人間破壊の国

 入管法改正案の審議の中で、外国人技能実習生が3年間で69人も死亡していたことが明らかになった。現在の技能実習制度は奴隷的労働の温床となっていることは明らかである。この事実についての見解を問われた安倍首相は、「見ていないから答えようがない」と答えた。これだけ多くの人命が失われているのだから、答えようがないはないだろう。審議の前日、「ややこしい質問を受ける」と軽口をたたいた挙句がこれか。
 沖縄では辺野古埋め立てのための土砂搬入の準備が進められている。土砂を積みだす施設はカミソリ付きの鉄条網で囲われたというニュースもあった。このまがまがしい鉄線は、あたかも県民を強制収容所の囚人とみなしているようで、沖縄を見下す国家権力の象徴である。
 敢えて言う。今の政府は人でなしの集まりである。外国人労働者は人間ではなく、単なる労働力であり、死に追いやられる人権侵害があっても平気の平左。沖縄で県民が民主的手続きを通して新基地建設について再考を求めても、一切聞く耳を持たず、力ずくで工事を始めようとする。沖縄県民は主権を持つ国民の範疇には入れられていない。
 人間の尊厳に対してここまで無関心さらには敵意をたぎらせるのは、あの権力者たちが人間として欠陥を抱えているからとしか思えない。

東京新聞12月9日

2018.12.27 Thursday 16:38

財政民主主義


 憲法86条は、予算は毎年度国会が審議し、議決しなければならないと規定している。 この条文が毎年度と明記していることには意味がある。多年度にわたる予算を許せば、それだけ国会の吟味がおろそかになり、国民にとって長期にわたる負担や拘束が押し付けられる危険があるからである。
 しかし、今の日本ではこの財政民主主義が危うくなっている。本紙の「税を追う」という特集が明らかにしている通り、防衛費において値の張る装備品が分割払いで発注され、将来にわたって防衛費を押し上げる構造を作っている。しかも、その装備品が本当に日本の防衛に必要かどうかの吟味は不十分で、米国の言うままに、トランプ政権のご機嫌を取るために高価な買い物をしているのが実態である。
 社会保障費の増加、災害の多発など、国の予算を必要としている問題は広がり続ける。歳出の優先順位を考えることは国民的課題である。第2次世界大戦の英雄で後に米国大統領を務めたアイゼンハワーは、退任に当たって軍産複合体が民主主義の脅威になることを警告した。そして、「警戒心を持ち見識ある市民のみが、巨大な軍産マシーンを平和的な手段と目的に適合するように強いることができる」と述べた。今こそこの言葉をかみしめなければならない。

東京新聞12月2日

2018.12.27 Thursday 16:37

支離滅裂

 消費税率引き上げと同時に中小小売店でのクレジットカードやスマホを使った決済に対しては5%分のポイントを還元すると安倍首相は明言した。安さを売り物にする家電量販店のブラックフライデーセールを思わせる気前の良さ。さすがアベちゃんと庶民が喜ぶと思っているのだろうか。この手の人気取りに騙されるほど、国民は馬鹿ではない。
 政府は、来年度予算の編成方針の中で、増税による消費減を防ぐために「あらゆる施策を総動員する」と明記する一方で、高齢化に伴い増加する社会保障費は「歳出改革の取り組みを継続する」とも宣言した。手間がかかり、効果が均等に行き渡らないポイント還元のために国の予算を使い、消費増税が本来目指していたはずの社会保障給付の確保は削減の対象になる。本末転倒、支離滅裂である。
 安倍首相は、韓国政府の徴用工や慰安婦への政策の転換について、約束が守られないのなら国家間の関係は成り立たないと厳しく非難した。その言葉は首相自身にお返ししたい。野田政権時代に、民主(当時)、自民、公明の三党間で税社会保障改革の合意を結んだはずである。増税への非難が怖くて、でたらめなバラマキをする一方、社会保障は切り刻む。これでは、政府と国民との間の信頼関係は成り立たない。

東京新聞11月25日

2018.11.22 Thursday 16:42

日韓和解のために


 戦時中に日本の向上などで働かされた韓国人元徴用工が新日鉄住金に対して損害賠償を求めた裁判で、韓国の最高裁判所が訴えを認める判決を出したことは、日本国内に大きな反発を生んでいる。日本政府は、日韓基本条約等によって個人請求権の問題は完全に処理されていると主張し、日本の主要なメディアもこれに同調している。
 この問題には法律的側面と政治的側面がある。法律面から見れば、日本政府の主張は日本で広く受け入れられている。日本による植民地支配や侵略戦争の被害者が日本政府に補償を要求し出せば収拾がつかなくなるので、国交正常化の際に政府間で話を付けたというのが日本の言い分である。しかし、個人が訴える権利までは否定していないという外務省の答弁が国会の議事録に残っている。また、韓国の最高裁判決について大統領に抗議するというのも奇妙な話である。司法の独立は近代国家の大原則であり、大統領にはこの判決を覆す資格はない。あとは被告の新日鉄住金が判決を履行するかどうかが焦点となる。
 私は、戦時中の強制労働に対する補償については、政治的決着しかないと考えている。同種の問題は、日本の多くの企業が抱えている。今回の判決を機に、他の被害者も訴えを起こせば、どれだけの件数に登るかわからない。その時の日韓両国の間の感情的な対立のエスカレートを想像すれば、法的解決の限界を指摘せざるを得ない。
 1965年の日韓基本条約には、冷戦構造の中で日本と韓国が反共陣営の態勢強化のために手打ちをしたという側面がある。当時の韓国では市民的自由や政治参加は限定されており、元徴用工の要求が韓国側の政策に十分反映されなかった憾みもある。それから半世紀以上の時間がたち、韓国社会における人権意識は高まり、被害者が自らの権利を擁護するために発言できる環境が生まれた。日本政府が基本条約を根拠に個人の権利主張を無視することは、政治的には冷酷な話である。まして、今の安倍政権や与党には、戦前の日本の植民地支配や侵略戦争を正当化したがる輩が多数存在する。元被害者が日本の謝罪は口先だけだと反発し、生きている間に補償を要求するのも理解できる。
 第2次世界大戦中の強制労働に対する補償の問題は、ドイツでも存在した。ナチス時代のドイツで強制労働させられた人々が、1990年代アメリカでドイツ企業に対して補償を求める訴訟を提起した。訴訟件数は膨大であり、ドイツ政府は個別に解決するのではなく、政府と企業の出資による記憶・責任・未来財団を創設し、ここから170万人の被害者へ総額44億ユーロの補償金を支払い、2007年に同財団は業務を終了した。
 法的紛争を泥沼化させるのか、過去の人権侵害に対して誠実に謝罪し、政治的、道義的な解決に踏み切るのか、日本政府は大局的な見地から決断しなければならない。朝鮮半島では、南北対話、米朝対話を機に、第2次世界大戦、朝鮮戦争、冷戦の3つの紛争を終結させ、平和をつくり出す歴史的な挑戦がこれから進もうとしている。日本が第2次世界大戦を終わらせ、植民地支配の清算を行うためには、石頭の法律論ではなく、政治的な構想と勇気が必要である。


ハンギョレ新聞11月4日

2018.11.22 Thursday 16:35

領土問題とは

 安倍首相が北方領土問題について大きな方針転換を図っているようである。私は、四島一括返還という従来の方針には懐疑的だった。今の日本国は、北海道でさえ持て余している。JR北海道や北海道電力の惨状を見よ。中央政府はそっちにやる金はないと言い張り、北海道のインフラは劣化の一途である。この上に四島が領土として編入されたら、その維持、経営のためにいくらの金が必要か、想像もつかない。
 「未解決の領土問題」は、実体的な国益にかかわるものではなく、国民の間にナショナリズムを高めるための便利な道具である。安倍首相が、この便利な道具を放棄し、現実的、合理的に国境線の画定を行うというのは、1つの見識である。
 ただし、なぜ方針を変更するのか、国民に対して十分に説明してほしいと思う。昔、高校の政治経済の教科書を書いた時、北方四島、竹島、尖閣諸島は日本の領土だと書かなければ、検定は通らないとされた。今では、内閣官房が設置した領土主権展示館で日本の主権を主張しているのは竹島と尖閣だけである。国の主権の中身というのはそれほどいい加減に変えられるものなのか。
 領土問題についてのメンツを捨てて、資源開発や漁業について関係国と合理的に利益を追求するという新しい発想を安倍政権が打ち出すのかどうか、注目したい。

東京新聞11月18日

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